サスペンションとロール

サスペンションとタイヤの路面接地

サスペンションに求められるのは快適な乗り心地と優れた操縦安定性であるが、これらを実現するサスペンション設計のために必要なサスペンションジオメトリーなどの車両の設計に必要な要素の中で、設計開発の自由度が高く、なおかつコストが低く、さらに車両の中でサスペンション設置に必要なスペースがコンパクトであれば申し分なしである。
例えばインディペンデントサスは設計の自由度が高く、軽量なばね下荷重によって快適な乗り心地を得ることができる。また、サスペンションジオメトリーに必要な上記の要素を満たしていたため、操縦安定性の向上を重視して開発されてきた面がある。
ここでは、このサスペンションジオメトリーを踏まえて、サスペンションシステムの重要な役割のひとつである、タイヤを正しく路面に設置させるにはどうすれば良いかということを車両のロール運動に焦点を当てて考察してみる。
サスペンションジオメトリーとは
サスペンションの幾何学(サスペンションリンクにかかる向きと力と設置位置など)。つまりこの幾何学を考えていくことで、サスペンションを構成する各パーツの可動範囲が、車両の運動(タイヤの運動)によってどのような力がかかりどの方向へ動作するのか、その結果、車両のアライメントやタイヤの位置や運動ががどのように変化するのか。ということを踏まえた上で、車両が運動した際のアライメント変化やタイヤの舵角が最適になるように。車両全体の挙動を踏まえたサスペンションリンク配置を設定する計画図を作成するための指針となる役割を果たす。
ベクトル解析的に考えると、このサスペンションジオメトリーから、車両が運動したときのタイヤ設置店の軌跡を求めて、その軌跡上の任意の点の方線上にサスペンションリンクの瞬間中心があると仮定して、タイヤ入力(タイヤにかかる力)に対応する車体のリフトダイブ作用(上下運動)を定める。
あるいは任意の点と各サスペンションリンクのジョイント要素の結ぶ方向のベクトルにタイヤ入力を分解し、それぞれのサスペンションリンクに加わる入力を解析して、サスペンションリンク及び支持体の強度計算をしたりするためにも用いる。
これらの要素を決定していくための解析対象特性値は、ホイールアライメント、キングピン傾斜角、オフセット、ホイール中心と接地店位置(トレッド、ホイルベース)、ロール軸、リフトダイブジオメトリーなどである。

目次

  1. サスペンションジオメトリーとは
  2. サスペンションとストローク
  3. ダブルウイッシュボーンの場合
  4. ロールセンターの求め方
  5. ダブルウイッシュボーンの場合
  6. ストラット式の場合

サスペンションとストローク

これまでも数多くのサスペンションの形式において、いかにタイヤを正しく路面に設置させるかということを追求するべく、様々な工夫が行われてきた。
一般的に、タイヤの性能を十分に発揮させるには、タイヤが路面に対してほぼ垂直に接することが理想的な状態であるとされている。これはタイヤ幅が広くなるほど(ロープロファイルになるほど)その傾向は強くなる。また、リジットアクスルは、タイヤを路面に対して垂直に保つという面で優れた性能を発揮している。
ダブルウイッシュボーンの場合
ダブルウイッシュボーン式サスペンションの基本形は構成されるサスペンションアームが平行で等長である場合である。この場合は、車輪が上下しても車体に対する傾き(角度)は変化しないが、トレッドは変化してしまう。(図1参照)

図1:等長平行アームのトレッド変化

トレッドが変化するということはタイヤの接地点が変化する(スカッフ変化)ということなので、路面の凹凸によって車体のふらつきが発生する可能性がある。
また、コーナリングによる遠心力で車体が傾くと(ロール)、タイヤも車体と同じ角度で傾くので、路面に対して斜めに傾いて接地することになり、タイヤのコーナリング能力(コーナリングフォース)が低下することになる。(図2参照)(コーナーリングフォース:コーナリング時の遠心力に対抗してタイヤをコーナーの内側へ向かわせる力、すなわち求心力のこと)

図2:ロールしたときのタイヤの強さ

そのため、実際には上側のサスペンションアームを短くしたり、上下のサスペンションアームを平行ではなく角度を付けて取り付けるなどして、できるだけトレッドや、タイヤの路面に対する角度が変化しないように工夫がされている。(図3参照)

図3:不等長平行アームの場合

ただしこの方法は、ブレーキングや段差を乗り越える時などで左右両輪が同時に同じようにストロークすると、車両前面からみて両輪のタイヤがハの字を書くように内側に傾くという弱点がある。
つまりサスペンションがストロークすると、ローリングやピッチングなどの車体の揺れや、車輪のアライメントの変化を引き起こしてしまいトラブルの原因担ってしまう。操縦安定性の面から見るとサスペンションはできるだけストロークしない方が望ましいのだ。そのためスポーツカーや、同一車種でも高性能タイプのクルマでは、スプリングを固くして、サスペンションをできるだけ固めている。
このサスペンションアームの長さや取り付け位置によって車輪の動きは様々に変化するのであるが、サスペンションの動きはサスペンションアームなどのサスペンションを構成する部品の寸法や取り付け位置によって自ずと決まって来る。
つまり、サスペンションアームの長さや取り付け位置などの幾何学的な要件によって、サスペンションがストロークしたときにタイヤのキャンバーなどのアライメントの変化する様子が変化してくる。
そこで、このサスペンションアームなどの幾何学的配置をサスペンションジオメトリーと呼び、サスペンションがストロークしたときのタイヤの傾きや位置を決定する重要な要素となっている。
また、別の意味でも、この幾何学的配置によって決まって来る車輪のアライメント変化やロールセンターの位置など、サスペンションジオメトリーの検討の際に重要な検討項目となるものを含んだ総称として用いることもある。
ここでロールセンターというのは、コーナリングで車体がロール運動するときの中心となる位置のことであるが、これはサスペンションがストロークしたときの車輪の動き、ひいては車両のコーナリング時における特性に大きな影響を及ぼす。そのため、サスペンションジオメトリーにおいて、ロールセンターの位置をどこに置くかは重要なポイントになってくる。
その他サスペンションジオメトリーは、加速時に車両の後部が下がったり、制動時に前のめりになったりする車両姿勢の変化にも影響を及ぼすのでサスペンションの特性や車両性能を左右する重要な設計要件となる。

ロールセンターの求め方

ダブルウイッシュボーンの場合

図4:ダブルウイッシュボーン式のジオメトリー

車両前方から見て図4のようなダブルウイッシュボーン式のサスペンションがあるとする。アッパーアームの車体側の取り付け点をA、ハブキャリア(アクスルハウジング)側の連結点(ボールジョイントなどの関節部分)をBとし、ロアアームの車体側の取り付け点をC、ハブキャリア側の連結点をDとする。
すると、サスペンションがストロークするときに、B点はA点を中心に回転運動をすることになるが、B点の動く方向は、瞬間的にはアッパーアームABと直角方向に動くことになる。同様にして、D点はロワーアームCDと直角方向に動く。
したがってハブキャリア全体としては、アッパーアームABとロワーアームCDをそれぞれ延長した直線の交点Oを中心として、回転運動をすることになる。O点を車輪が運動する瞬間的なな中心として、瞬間中心または瞬間回転中心と呼んでいる。なぜ瞬間中心と呼ぶのかというと、サスペンションがストロークするにつれてO点の位置が移動するからである。
また、瞬間中心Oからタイヤの接地点P(接地面の中心)までの長さをスイングアーム長さという。つまり接地点Pは、仮想のスイングアームOPが瞬間中心Oを中心として回転運動をすると考えてみるのである。
したがって、タイヤの接地点Pの動きは、瞬間中心Oの高さとスイングアーム長さに左右されることになる。つまり、瞬間中心Oの位置が高い場合、サスペンションがストロークしたときに接地点Pの横方向の動きであるトレッド変化が大きくなり、スイングアーム長さが長くなるとキャンバー変化が穏やかになる。(図5参照)
このことはサスペンションジオメトリーを検討する際に重要な点である。

図5:瞬間中心高とスイングアーム長さの影響

図5:瞬間中心高とスイングアーム長さの影響

図6において、左右両輪について瞬間中心を求め、左右両輪のそれぞれの瞬間中心Oと接地点Pとを結ぶ。そして、この瞬間中心Oと接地点Pを結んだ2本の直線が交差する点が、求めるロールセンターになる。(図6
参照)

図6:ダブルウイッシュボーン式のロールセンター

ここで左右のサスペンションのストロークが同じであれば、ロールセンターは瞬間中心と接地点Pを結んだ直線が車体の中心線と交差する点と一致することになる。
以上の点から、上下のサスペンションアームの取り付け位置によって、瞬間中心やロールセンターの位置をかなり自由に選べることがわかる。そして、このことがダブルウィッシュボーン式の大きな特徴である。

図7:ロールしたときのロールセンターの移動

例えば、車体がロールして一方の車輪がバウンド(バンプ)ストロークし、もう一方の車輪がリバウンドストロークした場合にはロールセンターは大きく移動する。(図7参照)
しかし、特に細かく検討するのでなければ、一般には左右両輪ともバウンドもリバウンドもしていない状態を基準とする状態でのロールセンターの位置をどのように設定するかを検討する場合が多い。
ストラット式の場合
ストラット式はロワーアームとストラットを組み合わせたものであるが、ストラットは直線運動するので、無限に近いアッパーアームに置き換えて考える事ができる。すなわち、ストラットの車体側の取り付け点Bからピストンロッドと直角に直線を延ばしていくと、ロワーアームCDの延長線との交点が瞬間中心Oとなる。(図8参照)

図8:ストラット式のジオメトリー

このとき直線はピストンロッドと直角に延ばすのであって、ピストンロッドはストラットの車体側の取り付け点Bとロワーアームとの連結点Dとを結んだ仮想のキングピン軸と一致するわけではない。
なので、ここから先を考える場合にはダブルウイッシュボーン式の場合と同じで、左右両輪について瞬間中心を求め、左右両輪のそれぞれの瞬間中心Oと接地点Pを結ぶ。そして、この2本の直線の交点がロールセンターとなる。(図9参照)

図9:ストラット式のロールセンター

また、左右のサスペンションのストロークが同じであれば、瞬間中心Oと接地点Pを結んだ直線が車体の中心線と交差する点としても良い。
ここで、ジオメトリーを変化させて瞬間中心やロールセンターの位置を動かそうとしても、ロワーアームの位置はハブキャリヤの位置や最低地上高の要求から制約を受けることになる。また、スイングアーム長さを短くしようとしてストラットの車体側の取り付け点を内側に倒そうとしても、エンジンルームの広さに影響してくるので、長さは自ずと決まってくる。
つまり、ストラット式は部品点数が少なく構造が簡単である反面、設計の自由度が小さくなることがデメリットである。

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